【オペラ座の怪人・公演編】ワールドダイスターと向き合いたい【アニメ・ユメステ考察】

オペラ座の怪人・公演編です。主に以下の内容を含みます。

アニメ  第十二場
ユメステ シリウス第1章 第22, 23話

※【準備編】をまだ読んでない方は下からご覧ください。

 

・星の王子さまが欲しかったもの

「幕が上がってみないと分かりません」「ここなの演技が頭から離れないんです」

大人になった柊先生は、ここなの演技に自分が失った何かを見出そうとしています。

「星の王子さま」にはこんなお話があります。大人のぼくは王子さまにヒツジの絵をせがまれ、何度も書いては渡しますが文句ばかり。そこで箱を一つ書いてここにヒツジがいるよ、と言うと王子は大喜びします。

この舞台の幕が開けばどうなるか、ここな達が今後どのように進んでいくのか、可能性は未知数です。しかし柊先生は、そんな目には見えないものに夢中になる子供心を取り戻しつつあるように見えます。

 

・オペラ座の怪人ってどんな話?

ポイントになりそうなところを挙げます。ちょっと長いけどここが正念場だから付いてきてね。詳しく読みたい方は下から。

●ファントム(エリック):鳳ここな/静香
醜い顔を持ち、幼い頃から孤独を抱えてきた。
クリスティーヌを溺愛しており、姿を隠しながら音楽を教える。彼女の歌は翼を与えると絶賛。

●クリスティーヌ:新妻八恵

ファントムの声を「音楽の天使」だと信じ、短期間で飛躍的に歌を上達させる。

●ラウル:カトリナ・グリーベル
クリスティーヌの幼馴染で婚約者。

●カルロッタ:柳場ぱんだ
オペラ座のプリマドンナ。プライド高め。

●ソレリ:流石知冴
ファントムの過去を知る人物で、クリスティーヌの親友。(原作でいうマダム・ジリーとメグ・ジリーを兼任するような役)

○オリジナルの展開
クリスティーヌは礼拝堂で聞こえる優しい声に従い、歌のレッスンを受けていた。ある日、謎の事故がカルロッタを襲い、代役としてクリスティーヌが歌うことに。レッスンで上達した歌声は観客を虜にし、舞台は大成功した。
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楽屋にてクリスティーヌはラウルと再会し、幼い頃と同様に恋に落ちた。嫉妬に駆られたファントムは(回転する細工を施した)鏡の中に姿を現す。そして催眠術のような甘い歌声でクリスティーヌを恍惚状態にさせ、隠れ家のある地下へと連れ去った。
地下にて、クリスティーヌは音楽の天使の素顔が見たくなり仮面を取ってしまう。ファントムは怒り狂って呪いの言葉を吐き、クリスティーヌは脅えたが、その様子に絶望的な孤独も感じ取った。
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クリスティーヌとラウルは内々で婚約した。怒ったファントムは婚約指輪を奪ってしまう。やがて地下に爆弾を仕掛け、クリスティーヌに自分との結婚かラウルの死を選ばせた。クリスティーヌは孤独な怪人を憐れに思い、二度の接吻をする
ファントムは二人を解放し、愛の言葉をこぼした後、行方をくらませる。
ーーー
クリスティーヌは音楽の道を捨て、母としてラウルと幸せな生涯を暮らした。彼女の墓前に老いたラウルが佇んでいると、婚約指輪と一輪の赤い薔薇が供えられていることに気付く。

○シリウス版の展開
クリスティーヌはカルロッタのゴーストシンガーとして歌を披露する(♪Etoile)劇の最中にファントムは暗幕を切り裂いて不正を露わにし、クリスティーヌは衝撃のデビューを飾ることに。困惑するところに優しい声が聞こえ、クリスティーヌは歌声をさらに上達させる(♪Etoile 2回目)
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楽屋にてクリスティーヌはラウルと再会。ファントムは鏡の中に姿を現し、センスを発動してクリスティーヌを恍惚状態にさせる(♪Masquerade 2回目 第十場・八恵ソロから)
地下にて、クリスティーヌは音楽の天使の仮面を取ってしまう。ファントムは怒りながらも、ただの夢見がちな一人の男として胸の内を吐露する。クリスティーヌは最初こそ驚いたものの、彼を否定せず、もう一度素顔を見つめようとする。
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ラウルとクリスティーヌが結ばれることにファントムは怒りを燃やす。地下に爆弾を仕掛け、クリスティーヌに自分との結婚かラウルの死を選ばせた。しかし、クリスティーヌは孤独な怪人を心からを愛しており、一度きりの接吻をする
ファントムは二人を解放し、自身が作曲した歌を今夜の舞台で歌うようクリスティーヌに頼む。ファントムはエリックという本名を明かして二人を見送り、愛の言葉をこぼした後、彼女の幸せを願って死ぬことを選ぶ(♪Farewell song
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残された仮面に、顔の見えない誰かが一輪の薔薇を添え、舞台は幕を閉じる。

オペラ座の怪人は権利の都合で原作のセリフが使えなかったそうです。つまりアニメ版の台詞は、全てシリウス専用の書き下ろしってこと…?!

 

・死を間近にする八恵

冒頭で柊先生はここなに心を寄せていました。これは人魚姫の運命を宿す八恵にとっては死刑宣告のようなものです。愛しい王子が自分ではない別の人を選んだのなら、人魚姫は朝日が昇るのと同時に、胸が張り裂けて"あわ"になってしまいます。

♪ 爪先潰して軋む音立てる 踊れバレリーナ
♪ 夜明けまであと少し 踏み込む足願い込めて

八恵の歌う「Etoile」は柊先生への別れの曲です。人魚姫は死の前夜、ナイフを踏むように痛みが走る足を酷使して踊りを披露します。このとき、足よりもっと痛んでいるのは八恵の心の傷です。

 

ここな「大丈夫、君ならできる。私を信じて

「私を信じて」はアラビアンナイト編で八恵がここなに向けた言葉です。当時は催眠術のようにここなを惑わせました。あの日と同じように、今度はファントムがクリスティーヌを甘い言葉で誘惑します。

 

ここな「その鏡に映る、自分の顔を見るがいい」

しかし過去の過ちは繰り返しません。ここなと八恵は両面鏡によって、お互いに相手を見つめながら、お互いに自分を見つめています。センスの光を向ける先は、いわば自分の可能性を預ける先。それは目の前の相手であり、正しく自分自身にも向いています。ワールドダイスターには自分を信じられる人がその資格を得ます。

♪ 溺れてく……溶けていく……あなたへと……
♪ この身捧げ 永遠を誓う 音楽の天使よ

2度目の「Masquerade」はもう柊先生に溺れる歌ではありません。八恵は永遠を誓う相手を変えています。新しい相手は音楽の天使で、八恵自身の先生である柊と、役としての先生であるここなファントムのどちらかは非常に曖昧なラインですが、少なくとも今、視線の先に心を高揚させられているのは、ここなに対してなのでしょう。

もちろんそんなことが簡単に許されるはずはありません。しかしここはオペラ座の舞台、仮面で罪を隠せば、この舞台上に限り、想い人を変える禁忌に踏み込むことすら可能になるかもしれません。

八恵はここなの進化したセンスで恍惚状態になり、限界を超えて自分の力を引き出されています。「音楽の天使」は役だけでなく、現実に八恵をオペラ座のプリマドンナへと押し上げているようです。

 

ここな「夢を見るんだ。太陽の下を何も隠さずに歩いている自分を。普通の人間みたいに外で食事をして、日曜の礼拝に行き、神に祈る。こんな醜い顔でも、光を求めてしまうんだ」

八恵「それはいけないことなの? さっきは驚いてごめんなさい、もう逃げたりしないわ。だからもう一度、私にあなたの顔を見せて……」

ここでの「仮面を取る」には、少なくとも2通りの解釈ができそうです。

  • 仮面の下にある顔は静香。静香は自分のことを「怪物」と呼ぶものの、舞台に立ちたい欲求は醜いばかりではなかった。八恵は嫌悪することなく仮面の下を直視し、静香の存在を肯定する。

  • 仮面の下にある顔はここな自身の孤独。ここなは独自解釈したセリフによって、ひとり寂しく膝を抱えて助けを求めていた過去の自分を表現した。そんな素顔を見て、八恵はここなの一番深いところに手を伸ばし、相手を知ろうとする。

嫌な見方をすれば、ファントムは幼気なクリスティーヌを誑かし誘拐した狂人です。仮面の裏を見て、原作ならクリスティーヌが恐怖し、憐れむ場面のところ、シリウス版では純粋な愛を育むように改変されています。

 

・私たち二人の物語

お話はここなと静香の対話に移ります。この場所は精神世界というよりは、静香にとっての地底湖、ファントムの隠れ家なのでしょう。

かつて、ここなは自分を信じられなくなって静香を見失いました。しかし舞台に立って自分を知り、自分の内側に眠る輝きと向き合うことを知ったのなら、ここなは自分の意思で静香に会いに行けます。

(第一場)
ここな「いつかなれるかなあ、私もワールドダイスターに」
静香「ここなもなれるよ。私がしてみせる」

(第十二場)
静香「やっぱり、ここなはワールドダイスターになれるよ」
ここな「なるよ。きっといつか」

ここなは話し方を変えています。夢に対して漠然とした願望を持つだけだった頃から、現実になると宣言するように。

『ワールドダイスター』は少女が夢を叶えるための物語です。夢とは期待して待つものでも、無責任に叶うと思い込むものでもありません。彼女たちの夢とは自らが歌って、踊って、創り出すものです。それでも弱気になるときは、「演じる」ことで絶対に叶うと自分を信じさせるのです。

ここなが「なる」と言ったって、本当にワールドダイスターになれるかは分かりません。だとしても、ここなは自分を信じさせることができます。それが出来る役者は、空想のお芝居をまるで現実に起こっている事のように魅せられるのでしょう。

そして自分を信じることを知った人は、目の前にいる夢を見るだけの少女の手を引いて、「自分」の意思を問うことができます。

ここな「静香ちゃんは、どうしたい?」

ここな=静香だった関係は節目を迎えます。約束が二人でなければ出来ないように、この物語が私たち二人(Two Of Us)のストーリーであるように、静香は夢を叶える一人の役者としてのスタートを切ります。

 

・大切な一輪だけの花

カトリナ「僕が君の光になる!」

クリスティーヌの望みはラウルと結婚して光の世界に住むことです。しかし光をセンスと捉えるなら、光とは自分の内側に眠るものです。他人の光で照らしてもらうことに大した意味はありません。

「私がお前に音楽を与えた。私がお前の情熱に再び火をつけた。これがその報いなのか? 許さない、絶対に許さない!」

ここからファントムの演技は全てここなと静香のものになります。例えばこの台詞、演技を教えた相手が約束を忘れていたときに似た怒りは、静香の内にしか存在せず、「二人一役」で本人に言ってもらう訳にもいかない、静香が自分で表現するしかない感情にも見えます。

 

八恵「こんなことをしなくても、私はあなたを選んでた!」

ファントムはクリスティーヌに自分との結婚かラウルの死を選ばせます。

本来ならクリスティーヌに恋愛感情はありません。クリスティーヌは怪人の抱える孤独に同情し、恩人である彼になんとか孤独でないことを伝えようとはするものの、一緒に人生を歩む人ではないと思っています。

しかし、シリウスのクリスティーヌはファントムを選びました。

「だって私に音楽をくれたのはあなたですもの。私の音楽の天使は、あなた」
「もう一人じゃないわ」

八恵は一度きりのキスをします。ここは現実の劇でも二回キスをすることが通例。

欧州のおとぎ話では、ヒキガエルのような怪物には二度のキスをして呪いを解くそうです。原作と違い、シリウスのクリスティーヌはファントムを怪物ではなく、ただの一人の人間として扱ったと解釈しています。

同時に、八恵はここなの最も暗い部分、ここなでさえ自分を信じさせて隠している弱さに触れ、その全てを受け入れた上で愛を告げています。

 

少しだけ記憶を第一場に戻してみます。

ここな「大丈夫、僕がそばにいる。僕はいつだって君の味方だから」

舞台上のセリフとはいえ、ここなは既に八恵と約束を交わしています。この時の八恵は初対面の相手への想い入れも無く、人魚姫なら応える声も出せませんでした。それでもここなは今日まで約束を守り、おとぎ話の中で出会ったお姫さまの味方であり続けました。八恵はこのオペラ座だけでなく、第一場からずっと長い時間をここなと共にして接吻に至っています。

 

カトリナ「クリスティーヌ、君は本当に……」

ラウルは不憫なやつですが、カトリナはもっと不憫です。役としてのラウルが婚約者に選ばれないどころか、目の前で本物の感情をぶつける恋敵が増えてしまいました。この台詞にどれほどの情が込もっているかは推して知るところです。

「エリック、それが私の本当の名前だ」
「……もう十分だ。これ以上、彼女を繋ぎ止めておく訳にはいかない」

八恵が救われるにはまだ一歩足りません。ファントムはこのままクリスティーヌと添い遂げることもできました。しかし、それでは同じことの繰り返しです。八恵が柊先生と奈落の底まで共にしたいという願いをここなが肩代わりするだけで、行き詰まりの結末自体は変わっていません。

「私は初めて、生まれて来て良かったと思ったのだから」

ファントムはこの台詞を、仮面で隠していた右側の頬に手を当てながら言います。この台詞が誰のもので、どういう想いによるものかは、ここで文字に直すのも野暮でしょう。

 

・別れの歌

クリスティーヌが去った後、ファントムも心からの愛を告げ、自らの死を選びました。

「Farewell song」を歌う八恵は涙を流します。この涙がとても重要です。人魚姫はどんなに苦しくても涙を流せません。唯一涙を流せるのは、愛しい王子を殺せずに自分が "あわ" になった後です。新しい王子となったここなは、自らが死ぬことで結末を書き換え、八恵の「人魚姫」としての物語が終わりを迎えたと解釈できます。

♪ 仮面に触れた温もりに 儚くも夢を見てしまう 幸せと

この曲は別れの歌です。別れとはファントムがクリスティーヌに告げる別れであり、ここなと八恵がほんの短い間だけ恋人になった儚い夢への別れであり、八恵が現実で紡いできた「人魚姫」という物語への別れです。

♪ そよく風のなかに 照らす陽のひかりに 何度でも何度でも僕はただ呼び掛ける そうやって遥かな時を渡ろう

本来なら "あわ" になった人魚姫が風の精霊に生まれ変わり、太陽に手を伸ばし、愛する人へと呼び掛けます。しかし今回の八恵は "あわ" になる運命から逃れました。代わりに命を落とし、風の精霊となったのはここなです

ユメステでファントムここなが緑色のセンスの光をしているのは、ここから来ているのかも。

 

または公演そのものは柊先生が書いているとすると、柊先生の目線からこの歌を聞けるかもしれません。

♪ ビロードの帳に 新たな戯曲を探し求めて

ビロードの帳とは舞台用語でいう緞帳(どんちょう・客席から見て左右にあるベルベット生地の垂れ幕のこと)と思われます。ここから八恵を眺めるここなは、既に「人魚姫」の結末から八恵を救うことを見ていたのかも。

それは第一場で「人魚姫」を見つめていた柊先生も同じです。先生もまた八恵の描く現実に行き詰まりを見ていたのかもしれません。

♪ 一輪の赤い薔薇の花 追憶は美しいままに 輝いて

オペラ座の怪人の「一輪の赤い薔薇の花」とは、怪人からクリスティーヌへの愛情の証です。そして星の王子さまの「一輪の赤い薔薇の花」とは、費やした時間により世界で一つだけになった大切な花です。

ここなと八恵が積み重ねた時間によって愛を育んだというなら、柊先生も八恵と長い時間を重ねています。柊先生にとって八恵が他の役者と異なるのは、直々にスカウトしたからという理由を超えて、一緒に過ごした時間が八恵をたった一人の特別な役者にしたとも喩えられるのかも。

 

・もう一つの別れ

ファントムは愛する人を想いながら死にました。

死んだのは「ファントム」です。もはや怪人ではなくなった「エリック」はまだ舞台に立っています。

エリックはファントムの仮面に薔薇を手向けます。原作では、ラウルと結ばれて幸せに暮らしたクリスティーヌの墓前に薔薇が置かれました。

この顔の見えない人物が誰かに答えはありません。

ただ一つの解釈として、この人物はこれからは太陽の下を何も隠さずに歩き、普通の人間のように外で食事をして、もしかしたら学校に行ったりするような、そんな日々を手に入れるのでしょう。

「別れ」はもう一つあります。このアニメで夢とは実現させるものに他なりません。少女はファントムを演じていた最愛の人に別れを告げることで、宿主に依存した夢のような存在から、現実を生きる一人の人間として生まれ直す可能性を手に入れた という解釈をしています。

 

ーーー

 

・クリスティーヌ、いいなあ~!!

「ファントム、ラウル……二人の男から愛されて揺れ動くクリスティーヌ、いいなあ~!ぱんだも愛されたーい!」

実はぱんだが同じことを思っていました。今回の八恵は両手に花どころか、ここなファントム、柊王子、カトリナ子爵の3人に言い寄られる立ち回りです。モテモテです。

そんなぱんだを愛している張本人は奥で冷ややかな視線を送っています。

 

・どうして八恵がダイスターなの?

色々とありそうです。

①ここなの新しいセンスが八恵の才能を押し上げたから

ここなが進化させたセンスは共演者の力を底上げするもののようです。ファントムが音楽の天使としてクリスティーヌの才能を引き出したように、ここなは八恵の歌を文字通り翼を与える歌へと昇華させました。

②八恵は新しい自分を見せたから

(第五場)「わたしがダイスターになるには、新しい新妻八恵を見せなくてはいけないんです」

この台詞を覚えているでしょうか。「新しい新妻八恵を見せる」とは精神論ではなく、新妻八恵がこれまで紡いできた物語性を捨てるという意味で取るとしっくり来ます。「人魚姫」という物語性を終わらせた八恵は、新しい別の自分を見せて生まれ変わったと言えそうです。

③八恵はここなを上回っていたから

推測多めです。ここなは第十二場までを通して、役者として大切なものをたくさん得ました。が、それと同じものを八恵も持っています

ここなが役作りのために「相手を観察」したとき、八恵もここなを観察していました。

ここなは「じごくのとっくん」をしました。八恵は元よりストイックですが、特によく表れているのは「Etoile」の歌詞に思います。歌の中で八恵は夜明けの死を目前に諦めるのではなく、死ぬ瞬間まで輝ける日を目指して汗を流す姿があります。

(第十一場)「あなたが今どうしたいか」「大事なのは気持ちよ、ここながどうしたいか!」
(第一場)「大切なのは、舞台の上でお姉さんがどうなりたいかです」

ここながシャモさんや静香に言われて思い出した大切なことも、八恵は第一場から既に知っています。

(第十二場)「なるよ。きっといつか」
(第七場)「わたし、必ずなりますから。ここなさん達と力を合わせて」

「ワールドダイスターになりたい → なる」の意思表示も、八恵がここなよりもっと早くに決めています。

八恵は唯一「人魚姫」に囚われていたことが悲劇でしたが、そこから解き放たれてしまえば、他の要素はここなの一枚上を行っています。主役を押しのけて八恵がダイスターになったのは、これも理由にあるのかも。

 

・(おまけ)ここなと八恵の関係はどうなるの?

物語の中で二人は出会い、舞台の上で互いに愛を告げ、二人の関係は死別という形で終わりを迎えました。

♪ 立ち続ける限り 続いて行く命の舞台

シャモ「役者を続ける限り、舞台も続く。舞台を続ける限り、センスは進化し、役者は輝きを放つ」

「Farewell song」の歌詞とシャモさんの言葉は似たところがあります。オペラ座の怪人は終わっても、ここなと八恵が役者を続ける限り、現実で紡ぐ物語は(時に戯曲を変えながら)続いて行くものです。これからは良きライバルとしてお互い切磋琢磨していくのでしょう。

 

ただし、二人の間に少しでも「こうありたい」という願いがあったなら、二人は必ず願いを遂げ、そのための行動を起こすに違いありません。それはこのアニメが誰よりも力強く語ってきたものだと思います。

「ワールドダイスターになりたい。でも現状そうではない」というとき、二人はもはや夢を見るだけの少女ではありません。無いなら自分で創り出し、願いを実現させに行くことを知っています。ただ、いかんせん二人とも強い人なので、負けないよう我先に!と前のめることはあるのかもね。

 

「その時は柊さんが出ますか?」
「そうね。本当にみんなが不甲斐なければ」

八恵と柊先生の関係も行き着いた訳ではありません。人魚姫と王子が互いに献身をして死に別れる運命は終わり、これからは明日の自分を信じる役者同士として、新しい結末を創り出すことができます。

柊先生に自分の意思を問う八恵は、ここなが「静香ちゃんはどうしたい?」と手を伸ばしたのに似ています。柊先生もまた星の王子さまのような、夢にあふれた子供心を持つ役者に生まれ直すことが叶ったのかも。もしそうなら、今度の柊先生は大人の責任からでなく、本当の意味で一輪の薔薇の花を愛でることが出来ます。

 

あるのは可能性です。確定する未来は何ひとつありません。それでもその輝きの先を見たいと思ってしまうから、私たちは彼女たちの演じる舞台を、日々を生きる物語の行く先を追ってしまうのかもしれません。

 

・きっと二人で

静香はもう立派な役者です。ファントムの隠れ家でここなに手を引いてもらったなら、今度は自分がまたここなの手を引く気概も見えます。

彼女たちが所属するのは劇団シリウスです。シリウスとは夜空に浮かぶ一等星のこと。シリウスの役者たちは自らが光る恒星となり、煌めく世界で最も輝くスターの座を狙って日々を生きています。

壁の貼り紙は「目指せ!ワールドダイスター!!」から書き換えられます。

ここまでやってなお、二人が夢を叶えられるかは分かりません。

ただし二人は約束を取り戻し、叶えるべき目標を見据え、明日の自分を信じて行動し、けれども自分一人で努力するだけでないのなら……きっと、二人はいつか夢を実現させる日を迎えられるのでしょう。輝かしい舞台に二人で並び立つその日を。

 

・関連する楽曲

  • Etoile(第十二場)
  • Masquerade(第十場、第十二場)
  • Farewell song(第十二場)

 

 

 

 

・ワールドダイスター

ニ十世紀、綺羅星のごとく出現した演じ手たちの熱演により、世界は超演劇時代へと突入した

演劇は大衆娯楽として世界規模の大ブームとなり、幾万もの役者たちはその輝きを競っていた

人々は一際輝くセンスを放つ者を「ダイスター」と呼ぶ

そして、ダイスターの頂点に立つ者をこう呼んだ「ワールドダイスター」と。

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