【オペラ座の怪人・準備編】ワールドダイスターと向き合いたい【アニメ・ユメステ考察】

オペラ座の怪人・準備編です。主に以下の内容を含みます。

アニメ  第九場~第十一場
ユメステ シリウス第1章 18話~22話

※先に「オペラ座の怪人」について知りたい方は、下のリンクから【公演編】をご覧ください。

【オペラ座の怪人・公演編】ワールドダイスターと向き合いたい【アニメ・ユメステ考察】 - アニメ雑記帳

 

・それぞれの幻影

主役のファントム役を巡り、シリウス内でオーディションが行われます。

第十場は各メンバーにスポットを当て、いま一度「自分」を見つめて役作りをするパートです。ただいわゆる振り返り回とは違って、ここだけ見てもアニメのおさらいは出来ません。むしろオペラ座編に挑む前のジムバッジ確認のようなものと思ってください。

あらためて役作りとは、自分と役を知り、共通点と相違点を見つけて役に近づくことを言います。

 

・流石、ぱんだにとっての幻影

二人はファントム役に一番、二番で立候補するほどのやる気を見せます。しかし練習中、ぱんだは脇役に気持ちが移り、一緒にソレリ役・カルロッタ役をするのも良いと思い始めています。

流石「苦痛を喜びの仮面で隠し、喜びを無関心の仮面で覆うこともできない者はパリジャン*1とはいえないからね。ま、お遊びさ」

紙屋敷「仮面舞踏会のようなものかしら」
ぱんだ「ああ、この世には知らずにいれば幸せなこともある」
紙屋敷「でも私はあなたをもっと……」
ぱんだ「触るな! いいか、ここで平穏に暮らしたいなら、私の機嫌を損ねないことだ……」

ただし、この二人は間違いなく主役の座を射止めうる強敵です。

このセリフは第八場を見ると印象が変わってきます。二人は自分がどのような存在であるかを見つめ、役と擦り合わせ、高いレベルでそれぞれのファントムを完成させています。

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・カトリナにとっての幻影

カトリナは伸び悩んでいます。竹取物語では失敗してここなにフォローしてもらい、その後の公演は目立たない役ばかりです。

「正直に言うわ。わたしは……ここなが羨ましい。どんどん成長していくここなが、眩しい。負けたくないの!ここなには」

カトリナは強気な仮面で守っていた弱さを口に出すことで「自分」に向き合います。

演じるのは長く抱え続けた想いを狂気へと転化させるファントム。故郷の劇団から爪弾きにされたこと、良い役を貰えないこと、帰国を捨ててここなのいる孤独を選んだこと、その当人はおそらく自分に気が無いこと。カトリナは負の感情も、憎悪に反転させた愛情さえも注ぎ込んでファントムを演じます。

 

カトリナは最強のライバルです。このアニメが示してきた強さの全てを持っています。

①明日の自分を信じること

自分の弱さと向き合い、役に生かし、明日の自分が成功するべく行動を取っています。出会いの頃とは対比的で、ここなとは正式に握手を交わし、「殺し合う敵にもなる*2」は競い合う仲間という形で実現させています。

②一人ではワールドダイスターになれないこと

始めは一人で練習していましたが、第十場ではあの八恵に相手役を頼んでいます。わざわざ八恵を選んだのは自分の恋敵として適任というのもあったのかも。カトリナはシリウス随一の相手に実力で上回ります。

③本物の演技をすること

「わたし、あなたをもっと知りたいの

「ここに来ることを選んだのは君だ、もう引き返せないぞ」
「よく見るんだクリスティーヌ!この醜い顔を、地獄の業火に灼かれた忌わしいこの顔を!」

竹取物語を経て、カトリナは感情の無い「完璧な演技」から役者同士の感情がぶつかる「本物の演技」を会得しています。

あなたを知りたい、とは第三場のここながカトリナに向けた言葉です。この不用意な発言が火種の一つとなり、カトリナは今日まで燃えるような恋心に身を焦がすはめになりました。

役作りは一心同体といえるほど仕上がり、カトリナはここなをも上回る役者に成長しています。

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静香にとっての幻影

「誰も私を愛さない、誰も私を理解しない」「私に演奏させろ!」
「いや、ダメだ。私は影、醜い怪物なのだから……」

静香は自分の孤独、怒り、衝動を見つめ、社会から隔絶されたファントムに重ねて演じます。

オーディションが始まる時も、明らかに6人並んでいるところを「この5名で」と言われたりします。また静香自身が竹取物語で出演したのは間違いだったと話すように、あくまでここなのセンスとして陰に徹するべきと考えています。

しかしシリウスの劇を見るにつれ、静香の舞台に立ちたい衝動はもう抑えられないところまで来ています。なりたい自分の姿があるのに行動に移せず、ただ願っているだけ……という面では、第一場の夢を見るだけのここなとも似ています。

 

ここなにとっての幻影

「私が台本を読んで感じたファントムは、暗闇の中でひとり膝を抱えてた。寂しくて、助けを求めてた。きっとファントムは誰かに愛されたかったんだよ」

アラビアンナイト編で大量の経験値を得たここなは、第十場にて静香(=理想としていた自分)を越えます。

この夕暮れの舞台は、普段なら静香が上に立って演技を見せていた場所です。しかし今回のここなは、静香の提案する演技プランを一旦保留にし、自分なりのファントムを演じてみせました。見つめる「自分」は過去の孤独だった自分、そして第一場のような夢見がちな一人の少女としての自分です。

これまでは表現する体をここな、役の中身を静香が担当していましたが、ここなは両方ひとりで出来るようになっています。ただしあと一歩前に出る気持ち(静香が持っている負の感情)が足りないために、お話は第十一場へと続きます。

「光を、求めてしまうんだ」

静香と一つになった後、ここながオーディションで見せたファントムの仕草は、かつて夢に手を伸ばしていた自分の姿とも重なります。

この演技は、第一場(サブタイトル:夢見る少女)と第十場との間で、新しく夢見る少女になろうとする静香が未来へ手を伸ばし、ここなは当時の自分(≒今の静香)を見つめながら見た夢を実現する少女として手を伸ばし、だけどお互いの手は届かない……と見ることもできるかもしれません。

 

・柊にとっての幻影

柊先生も当事者の一人です。柊先生は第九場で自分のファントムを披露します。

「ドンファンは、この私が演じるべきだ。さあ地獄に落ちよう」

「ドンファンの勝利」とはファントムが作曲した劇中劇で、クリスティーヌたちオペラ座を脅迫して演じさせます。ですがこの劇、なかなかヒドい内容です。登場人物は全員悪役で、クリスティーヌやカルロッタは娼婦、悪徳貴族のドンファンは娘を騙して連れ込み、クリスティーヌを食い散らかすといった筋書きです。

「ドン・ジョバンニ」という元ネタもあり、こちらは勝利しません。たぶらかした娘の父親の怒りを買い、地獄に落とされる結末です。

原作のファントムは予定の役者と成り代わってドンファンを演じ、クリスティーヌにフードと仮面を取られると逃げ出します。しかし柊先生のファントムは自らフードを脱いで正体を明かします。

 

この劇を物語になぞらえるなら……「かつて私は八恵に演劇の天使*3を装って近づいたが、実は私は娘を騙してご馳走にしてしまう悪人だった。八恵はすっかり私に心酔していてもう取り返しがつかない。ならばいっそ私に身を委ねろ。欲望と誘惑の受難劇に身をやつしてしまおう。(フードを脱いで)どうだ失望しただろう、本当の私は醜いワールドダイスターの成りそこない、八恵を導くことも、自分が輝くことも出来ない。私はドンファンだ、さあ地獄に落ちよう。」……というように、あくまで一つの解釈ですが、こんな風に取れるかもしれません。

ちなみに「地獄に落ちよう!」はここながカトリナを相手に真似しますが、こっちは本当に地獄に落ちます。カトリナは安らかな実家に帰る選択肢を捨てます。どうやって責任取るの……。

 

柊先生も「自分」の現状をファントムに映してはいますが、本来の自分そのものは第九場の劇の中には見えにくいです。そんな演技にテレーゼさんは「もっと自分を知れば…」と期待をかけています。

本来の柊先生がどのようかは「星の王子さま」が関わっていそうです。詳しくは人魚姫編をご覧ください。

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・八恵にとっての幻影

出遅れているのは八恵です。最初こそシリウス随一の実力者でしたが、周りが成長する中で八恵は埋もれてきています。変なところでは「後から来て先を越す達人」の流石に朝顔の丈を追い抜かれそうになっています。


八恵はアラビアンナイト編でダイスターになるための課題を話しています。

(第五場)「わたしがダイスターになるには、新しい新妻八恵を見せなくてはいけないんです」

そのため、八恵は今回も自分に合うクリスティーヌ役ではなく、自分から遠いファントム役を志願します。

役作りパートはまず相違点として、見世物小屋に売られて酷い暮らしをするファントムとそうでない八恵*4の比較から始まります。ここまでは役を俯瞰するような立ち位置ですが、ファントムを劇場に匿ってくれるソレリが現れると役と同一化する、というなかなかテクニカルな演出が入ります。

置き去りにされたのは「猿のオルゴール」です。現実の公演でさえ解釈の難しいアイテムと言われますが、つまりは歌を閉じ込めた箱だと考えると、これを残して去るのは八重が聖歌隊を抜けたことを意味するのかも。

救いに来たソレリは柊先生のシルエットをしています。もしくは猿のオルゴールは、歌という自分の役者としての生命線を捨てても柊先生について行きたい意志の表れかもしれません。

ただしこれではダメです。ファントム役を演じるなら愛すべきはクリスティーヌです。ソレリに恋をしている場合ではありません。

「私の席で何をしている」

柊先生は寸劇を持ちかけます。柊先生との共演を望む八恵にとって、これは願っても無いことです。しかし自分から割って入ったような第一場とは違い、八恵はこの寸劇に乗らず、いつものトーンで話し始めます。

「柊さんの演じるファントムなら、クリスティーヌを演じてみたかったです」

八重が柊先生に向ける想いは変わりません。第十場で八恵がソロで歌う「Masquerade」のように自らの身を捧げることに同意し、柊先生と奈落の底まで落ちていくことを胸に秘めます。

この場面、八恵は画像では伝えがたいほど複雑で大人びた表情をします。憂いの正体は分かりませんが、もしかしたら何か、柊先生の興味が徐々にここなに向きつつあることを察しているのかも。

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ーーー

 

・またカトリナが勝てなかった……

カトリナは実力ではここなと同等か、それ以上の演技を出来るようになっています。実際、ここながオーディションに来なければ主役はカトリナでした。なのに勝てなかったのはいくつかの理由が考えられます。

1つは単純に目を怪我したから。センスは目を通して輝くので、ここを怪我すると役者としての可能性が半減といっても過言ではないです。

2つ目は、ここな以外のファントムが柊ファントムの延長線上だったから。皆が孤独や怒りを表現する中、ここなだけが「夢見がちな一人の男」として演じています。

3つ目は、そんなここなに柊先生が夢を見てしまったから。柊先生の体現する物語が星の王子さまだとすると、大人になった柊には夢が欠けています。そして八恵・柊の閉塞した運命をどうにかできる光を探してもいます。確証が無くても、柊先生はここなが演じた夢を持つファントムに、その光を見出したのかもしれません。

 

・静香はどうして消えたの?

静香が消えた経緯については【基礎編】の方に書いています。

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「舞台に立ちたい、良い役が欲しい、誰よりも輝きたい……他の役者を蹴落としてでも。私の方が絶対にいい、演技は完璧だったはず! 私が一番舞台に立ちたい! なのにどうして、誰も私を理解しない!」

静香は自分がここなの負の感情の拠り所だと明かし、穏やかなトーンから段々まくしたてるように言います。

これは本来ここなが持っていた感情です。負の感情がファントム役に必要なため、ひいてはワールドダイスターに必要なため、ここなは静香から感情を返されます。

説明的なセリフですが、場合によってはこの時点から静香を個人と見ることもできます。最後の「誰も私を理解しない」なんかは静香が舞台で叫んでいた言葉です。セリフはすべてここなの感情でありつつ、どこからが静香個人の獲得した感情なのかは曖昧です。

 

・私たちの約束

シャモ「聞いてごらんなさい、あなたが今どうしたいのか」
静香「大事なのは気持ちよ。ここなの気持ち、ここながどうしたいか」

ここなはもう一度自分と向き合い、本当に自分がしたかったこと、静香と交わした「二人でワールドダイスターになって一緒の舞台に立つ」約束を思い出します。

「静香ちゃんと一緒に舞台に立てたら楽しいんだろうなあ」

「二人で演じられたら一番なのにね」

ここなは大切な約束を忘れてはいましたが、想い自体は変わらず持ち続けています。各回では記憶の隙間からこぼれるように静香への想いを口にしています。

感情を返されたここなは、既にワールドダイスターにも迫る演技が出来るようになっています。ただし約束を取り戻したのなら、まだ足りないものがあることに気付けます。今度のここなは浅草に静香を探しに行くようなことはしません。静香ともう一度会うため必要なのは、仲間を巻き込んで練習することだと分かっています。

 

・次のストーリー

配役は決まりました。それぞれの思いを胸に「オペラ座の怪人」は幕を上げます。

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*1:パリに生まれ育った男性

*2:第二場、ここなとの同居を嫌がるシーン

*3:クリスティーヌは姿の見えないファントムに音楽を教わり、彼を「音楽の天使」だと信じ込みます。

*4:イベントストーリーや人魚姫の生い立ちからそう推測しますが、本当は八恵は実家を檻のようなものと思っている可能性もあります。