【ワールドダイスター】"現実の役"についてのメモ【ユメステ】

♪ 私たちの物語を始めよう 醒めない夢じゃなくて
♪ 私たちは物語になるんだ 夜空を見上げるような

「ワールドダイスター」は役者たちの物語です。彼女たちは舞台で役を演じる他に、現実で体現する物語性も持ち合わせているようです。

本作のストーリーは  ①舞台上の役  ②現実の役  ③役者の自分自身 が重なった多層的な作りになっています。ここに注目するとメイン・イベントのストーリーをより楽しむことができそう。今回は ②現実の役 について見てみようという記事です。

 

大切な注意

  • 敬称略でキャラ名を呼んでいます。心では皆が大好きな気持ちで呼んでいます…!
  • どこまでも想像の話でしかなく、盛大な空振りもあるはずです。あくまで自分が考えるための材料として捉えてください。

本記事は公式のストーリーや個人への理解を深めるのが目的です。一方で、キャラクターへの独自の解釈を大切にされている方にとっては、無用の深入りとなる場合があります。くれぐれも各自でよく判断した上でお読みください。

後述にも大切なことを書いていますので、最初にこちらから読むのもOKです。

 

現実の役ってなに?

②現実の役とは、その人の現実に紐づく運命のようなものです。

たとえば、カトリナは竹取物語で①舞台上の役として「かぐや姫」を演じました。同時に、カトリナの辿る人生も②現実の役として「かぐや姫」に沿ったものになっています。遠い異国から来たお姫様は、やがて使者に迎えられ、親しい人たちと離れ離れになってしまいます。

ところがカトリナは③役者の自分自身として帰国を捨て、自らの意志で物語の結末を書き換えました。

①と②は一致することもあれば、2つの役が別々に関わり合うこともあります。そしてこれはユメステの主要メンバーすべてに通じる見方のようです。冒頭の「ワナビスタ!」の歌詞は、ユメステの4劇団すべての源泉となるよう作詞されたそうで*1、現実に役を持つのはシリウスに限った話ではなさそうです。

前例として、アニメ『ワールドダイスター』にあたっては読み解きの鍵となる要素でした。掴みどころを得たい方は上の【竹取物語編】からのお話も読んでみてください。

 

一覧表

現状、以下の人に候補があります。

黄色:候補あり
緑色:特殊なパターン
白色:不明

それぞれ 特徴的なところ現実の役の候補 の順に書いています。(クリックで開閉)でワンクッション挟んでいますので、見たいところだけ読むのもOKです。

不明なところも多く不完全です……が、公開されているストーリーの範囲でも分かることは隠れているはずです。なにか気付きがあればコメントでぜひ教えてください。

2023/12/12 追記:カトリナ・グリーベル新妻八恵
2023/12/13 新規:与那国緋花里
2024/02/04 新規:萬容
2024/03/16 新規:王雪

 

鳳ここな / 静香

  • 一人二役、二面性
  • 夢見がちな少女
  • 純粋、多くの人から好かれる?
  • 孤独を抱える
  • 童話世界が好き(ここな)

いきなり分からない人です。二人で一つの物語があるのか、一人一人に物語があるのかも不明です。二面性を扱うタイトルには「ジキルとハイド」や「白鳥の湖」などがありますが、関連は見つかっていません。

「オペラ座の怪人」はエリックの抱える孤独、普通の人間になりたい欲求で重なる点も多く、候補のひとつではあります。主人公なので色々と扱いが違う可能性もあるかも。

 

カトリナ・グリーベル

  • 遠いドイツから来日
  • プライドが高い
  • 言い寄るここなにツンツンした態度(アニメ第三場)
  • 帰国に迫られる(アニメ第九場)

2023/12/12 追記しました。

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候補:「竹取物語」かぐや姫

かぐや姫とカトリナは「遠い異国から来た」点で共通します。かぐや姫は何らかの罪で月を追放され地上に堕とされました。そしてカトリナもドイツの劇団で失敗したことを機に来日しています。

かぐや姫はその美しさから多くの貢物をされるお姫様で、カトリナもまた来日のとき多くの餞別を持たされます。また、かぐや姫は求婚してくる皇子たちに態度が悪く、蓬莱の玉の枝を持って来た皇子には頬杖を突きながら悪態をつきます。

かぐや姫が地上に堕とされるのは期間限定です。罪が時効になると月の使者が迎えに来て、一緒に過ごした翁たちとは離れ離れになります。カトリナもアニメ第九場で、輝かしい世界からお母さんが迎えに来ました。しかしここなとの出会いを通して、カトリナは自分の選択によって物語の結末を変えます。

 

2023/12/12 追記 ※下は新妻八恵の話が前提です。先に一読ください。

======

 

候補:「竹取物語」かぐや姫 ⇒「人魚姫」人魚姫

オペラ座公演にて、八恵は自分に紐づいた「人魚姫」の物語性を捨てたとします。このおかげで八恵は死の結末を回避でき、新しい自分を見せてダイスターにもなれました。ところがその後のメイン2章では、捨てる人あれば拾う人ありで、カトリナが「人魚姫」の物語性を自ら受け継いだという見方ができます。

♪ Decide
さよならの言葉は 残さずに進むよ 涙も水に溶けていく
守られていたこと 分かってる でも世界を変える日が来たの

過去は変えられない 時計は戻せない でも未来はせめて選びたい
会いたい人が生きる 新しい世界に今 触れよう

世界とは抽象的な言葉ですが、流石のセリフ「ぱんだと同じ世界が見たくて ※アニメ第八場」と同じ意味で取るなら、これはいま "現実の役" と呼んでいるモノと一致します。

人魚姫の言う "会いたい人" とは地上にいる王子様のことです。一方、カトリナの言う "会いたい人" は十中八九、鳳ここなを指すものと思います。カトリナは操との恋物語になったシリウス版「竹取物語」から、ここなをずっと特別な人として見ています。

つまりこの歌詞は、鳳ここなが生きる物語世界へ(二度と戻れず代償を払ったとしても)自分から触れに行くのニュアンスで取ることもできます。

「竹取物語」は古典の世界ですが、鳳ここなの生きる世界はどちらかというとメルヘン童話寄りなイメージがあります。それでいうと「人魚姫」はアンデルセンの児童文学で、少なくとも「竹取物語」よりはここなの世界観に近い気がします。

もしくは「オペラ座の怪人」にて、ここなが風の精霊(=人魚姫の登場人物)となることを選んだなら、それを見たカトリナが同じ「人魚姫」を背負うことを決めたのかもしれません。八恵とも関連するところなら、☆4サイストの「あの子(新妻)が見たものを知りたかった」なセリフも参考になりそうです。

Decideにて、カトリナが月明りの湖面に浮かび上がるのは、「竹取物語」のラストかぐや姫が月に帰るシーンに重なります。これを演じ切ることで、カトリナは自分に紐づいた物語性を終わらせ、新しい世界に手を伸ばせるのかもしれません。

 

「人魚姫」はやっぱり悲劇です。姫は王子のそばにいながらも気持ちを伝えられず、苦しい思いばかりして、結局最後まで王子とは結ばれません。八恵ならこの運命の上では、死の結末だろうと献身の末に受け入れてしまっていたのかも。

だけどカトリナなら……激痛のともなう悲劇を自分から背負ってなお、結末を覆して、願いを叶えてしまえるような。そんな夢を個人的には見てしまいます。

誤解のないようにすると、カトリナの願いはあくまでワールドダイスターになることです。恋愛をするためにシリウスに残ったのではありません。

カトリナが「竹取物語」を捨てるとして、その中にはも含まれています。これは自分を恋に落としたここなの面影を失うのと同じ意味です。とても簡単に捨てられるものではありません。

当時の操の決め台詞を覚えているでしょうか、震える手を握りながら「わたしが守ります」と言ってくれました。カトリナはこの台詞をずっと覚えていて、だからDecideには「守られていたこと分かってる」の歌詞があるのだと思います。

 

それでも操のいない世界に進んだなら……メイン2章は一見すると、カトリナが恋を捨ててワールドダイスターへの道を選んだ話にも読めます。しかし実際のところ、カトリナは本当に大切なものは失っていません。

カトリナがかぐや姫のままでいれば、何度もある「竹取物語」の公演ごとに、ここな演じる操と仲良くなれるのでしょう。しかしそれは現実ではなく、舞台上で役と話しているに過ぎません。 本物の鳳ここなを手に入れたいのなら、操の面影に夢を見るのではなく、それを捨ててでも現実のここなの世界観に寄りそうのが正解ルートだったはずです。カトリナがメイン2章で成し遂げたのはそういう事だと思っています。

あまりにもパワフルな話ですが……これまで「ワールドダイスター」が言ってきたテーマからは外れていない気がします。

新妻八恵

  • 観客を魅了する歌声
  • 献身的
  • 王子役の柊先生を見て入団(アニメ第七場)

2023/12/12 少し追記。

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候補:「人魚姫」人魚姫 ⇒「???」???

八恵は特殊なケースにあたります。

まず「人魚姫」で特徴的なのは歌声です。人魚の歌は美しいだけでなく、漁師を惑わせ海の底へと誘う魔性の歌声でもあります。八恵は強すぎる歌の力で観客を魅了し、舞台を壊し、「アラビアンナイト」で共演したここなも催眠状態のようにしました。

八恵の髪飾りのシルエットは魚のヒレに見えなくもないです。クラゲのような衣装も海の生き物っぽさ。また人魚姫は話すことが出来ません。アニメでの八恵は口元を隠し、目力だけでモノローグを話す場面も見られます。

 

「人魚姫」は王子様に恋をするお話です。八恵は柊先生を王子として見つめ、聖歌隊という居場所も、小学生らしい生活も捨てて献身を捧げます。

ところが「人魚姫」は悲劇です。愛する王子は別の人と結ばれ、人魚姫は泡になって消える結末を迎えます。八恵にはどうあがいても破滅的な末路が待っていました。

特殊なのが、八恵は「人魚姫」の物語性を手放したことです。タイミングは「オペラ座の怪人」の公演。「新しい新妻八恵を見せる」という課題をクリアした八恵は、この舞台でダイスターになっています。

ここな演じるファントムのおかげで八恵は命を拾い、悲劇の結末に別の可能性が与えられます。詳しくは下の記事からご覧ください。

ともあれ、現実の役を捨てるのは簡単にできることではありません。その人が今まで生きて来たあり方を捨てるようなものです。今回の八恵だけがイレギュラーだったと考える方が良さそうです。

 

2023/12/12 追記 下はカトリナの内容を含みます。

候補:「人魚姫」人魚姫 ⇒「シンデレラ」シンデレラ

ちょっと自信が無いですが、イベント「パーティ・ジョーク・シンデレラ」の字面をそのまま受け止めるなら「シンデレラ」なのでしょうか。候補のひとつではあります。

少し遠い話から始めます。
まず、八恵とカトリナには不思議なライバル関係があります。シリウス自体が、仲間でライバル!切磋琢磨!な劇団ではあるものの、特にこの2人は競争意識が高いです。

「夢見月夜」の歌合戦から始まって、八恵ばかりが目立つ役を獲れば、ファントム役のオーディションではカトリナが八恵を食い、本公演では八恵がダイスターとここなの唇を勝ち取り、メイン2章では八恵こそハマり役だった「人魚姫」の主演をカトリナが獲り……と、バチバチに競い合って見えます。

さらにカトリナはポスター「くま」で八恵の衣装を着てここな(の半身の静香)の唇を奪い返し、ともすれば今度は「Thorn Princess」で八恵がカトリナの十八番Decideを踊ったり。

2人は決して仲が悪いわけじゃなく、お互いにやられてもタダでは起きない、負かされたら負かし返すような強い絆が見えます。

それなら、いま注目している "現実の役" もお互いに交換しているのでは? というのが、オペラ座より後の八恵を「シンデレラ」と見る下地に考えています。

カトリナは過去に「シンデレラ」を演じていました。しかし失敗して苦い思い出として刻まれています。ただ、それを代わりに八恵が演じるのであれば、今度の現実は幸せな展開へと進んでいくのかもしれません。

 

柳場ぱんだ

  • 天真爛漫、色々な物に興味を移す
  • 演じる役でガラッと印象が変わる
  • 恋愛に関する質問にはドライな回答(インタビュー)

※クリックする前に以下の記事に目を通してください。

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候補:「夏の夜の夢」ティターニア

大部分は上の記事で書いたので、他の部分から見ようと思います。

第八場「ロミオとジュリエット」で現れる光の粉は、妖精の粉のようなものに見えます。

ティターニアという名前の妖精は様々な作品に登場し、その度に描かれる姿がガラッと変わります。ぱんだが演じたアブドラ、ジュリエット、カルロッタ役も普段のイメージからは別人のように見えて、驚いた人は多いかもしれません。

 

ティターニアは「移り気の妖精」と呼ばれます。間違えてはいけないのが、ぱんだ自身はとても身持ちの固い人だということです。たとえ自分の性質が移り気だろうと、本当に愛する人には純情でいられるよう、気質に抗うだけの意思を見せています。

第十場ファントムの役作りでは、ぱんだを誘惑しようと近づいた紙屋敷に激しく怒るシーンがあります。好奇心の範囲ならまだしも、恋愛に踏み込んでぱんだに迫ることはNG行為に近いです。

ティターニアは月の女神(ダイアナ/アルテミス)に由来を持ちます。両者は基本的に同一の存在とされる神様です。月の女神は「貞節」を象徴に持ち、恋愛を禁じられ、彼女に恋をした神々はたいてい不幸な結末に終わります。

ぱんだはある意味、ジュリエットではないのにジュリエットであろうとする人、と見られるかもしれません。そして自分を信じさせて「ありたい姿」を演じることは、この作品ではワールドダイスターにだってなれる資質の一つです。

 

流石知冴

  • ぱんだに幼い愛の告白をする(アニメ第八場)
  • 何でも出来る人
  • ふわふわした雰囲気、好奇心旺盛

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候補:「ロミオとジュリエット」ロミオ

ぱんだと同じで大部分は以下に書いてあります。

話を複雑にしているのが、流石はダブルロールを演じているという点です。

現実に刻まれた役はロミオでも、ぱんだと同じ世界を見るため、流石は「夏の夜の夢」の妖精王オベロン(ティターニアの夫)であろうとして見えます。青字であげた特徴はオベロンの性質です。

流石が元々ふわふわしているのか、後天的にオベロンのように振る舞っているだけなのかは不明です。”何でも出来る”とはいっても、本当にいきなり出来るのか、実は裏で努力しているのかも本人のみ知ることです。

流石・ぱんだの部屋は奇抜なデザインをしています。これは流石のファンから貰ったものと言われますが、別の角度から見ると、喜劇の妖精国に暮らす女王にとって住みよい環境を整えている……という可能性もあります。

 

柊望有

  • 大人
  • 役者のスキルや適性を見るセンス持ち
  • シリウスからワールドダイスターを出すまで自分は舞台に立たない
  • 公演がうまく行った日は屋上から景色を眺めるのが好き(アニメ第七場)

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候補:「星の王子さま」王子

柊先生もまた役者の一人です。八恵とセットのお話になっているので、詳しくは以下の記事からご覧ください。

「星の王子さま」の王子は子供ですが、この世界では大人になって ”ぼく” に似た存在となった王子とも取れます。柊先生は未知のものにワクワクする子供心を持ちながら、大人の立場がそれを許さず、自分のやりたいことに心から向き合えないような人でした。

柊先生は人を見るセンス持ちです。これがどのようなものかは具体的でないですが、もしかすると、いま話している現実の役に近いものが柊先生には見えているのかもしれません。

恒常☆4暦のサイストには何かを企んでいる柊先生がいます。

「オペラ座の怪人」を終えて、八恵が悲劇から解放されたのと同時に、柊先生の肩の荷も軽くなっています。またここなが示した可能性の光から、自分の子供心もいくらか取り戻して見えます。

それがまだ演者への復帰には繋がらないものの、何か別のワクワクするものを考えていそうです。

 

連尺野初魅

  • 知識人
  • 好色、ドライブが好き
  • ヘビのモチーフ
  • センスに否定的
  • 昔は銀河座にいて、自分がコントロールできる規模ではなく脱退
  • 食事と称して人の感情を食らう(☆3美兎サイスト)
  • 自分の人生をやり直し、変えたい過去がある(インタビュー)

※下は、結局わからないという話をしています。

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候補:「創世記」神様? / 「???」

真っ先に思い浮かぶのは「創世記」です。旧約聖書で「アダムとイブ」や「楽園追放」「ノアの箱舟」などの記述が入っています。

連尺野初魅はすべての人間を傍に置くことはしません。神様のように試練を与え、選別した狭い範囲の人だけを箱舟に乗せます。銀河座のような規模を掌握するのは時間の無駄として、初期のEdenでも多くのメンバーを排除しています。

ヘビも聖書において神様を象徴する生き物です。ヘビは永遠の命を与える救世主であり、人を堕落させる悪魔でもあります。どちらの意味を指すのかは読み手がその都度判断しなければいけません。

 

しかし体現する物語が「創世記」だとして、致命的にイケてない部分があります。「神様」という役があまりにも誇大な点です。

連尺野初魅はたしかに万能の人ですが、あくまで人間の枠内での話に思います。本物の神様のように超自然的な力で人を支配できる訳ではありません。むしろ本人はそういった力(≒センス)に否定的です。神様に由来のある役ならまだしも、神様そのものというのには違和感があります。

 

ひとつ考えられるのは、流石と同じでダブルロールをしている可能性です。

「創世記」はただそうありたい、という見せかけの物語に過ぎず、本物の宿命付いた物語は別にあるという見方です。それが何なのか、人生をやり直してまで変えたい過去とは……を考えるには、まだ隠された部分が多すぎます。

 

Edenは連尺野初魅を支柱にするグループです。この柱がダメになると全てが崩壊します。

たとえ本物の神様にはなれないとしても、一線級の役者であれば、周りのメンバーに神様のようだと信じさせることなら出来ます。このあたりが鍵になるのかな……と今のところは思っています。

 

萬容

  • 賭け事が好き
  • 頼れる人、名脇役、満点の演技ができない
  • 保健委員
  • カミラとは昔から仲良し

不明です。賭け事に関する物語もうまく見つけられていません。

大きいのは満点の演技ができないところです。脇役はこなせても主役になれません。これは一番星を目指すシリウスなら退団に匹敵するほどの問題です。今はEdenで何とかなっていますが、萬容という人にも、今後のストーリーにも深く関わるポイントではありそうです。

2024/02/04 追加しました。

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候補:「サロメ」預言者ヨカナーン

ヨカナーン役は本編で仁花子が務めていますが、その性質はむしろ容に見られます。聖書に記される洗礼者ヨハネとは同一人物を指します。

今回の解釈は下の記事から発想を得たものです。Edenの背景とは切っても切れないキリスト教との関連、またポスターやMVの視点からも詳しく書かれています。併せてご覧ください。

以下は被る内容もありつつ、自分なりに解釈したものになります。
※宗教の話を含みますが勧誘・特定の思想等の意図は一切ありません。こちら全くの素人知識なので間違った捉え方があることをご容赦ください…!

 

まず「キリスト教」や「サロメ」に馴染みが薄かったので、少しお勉強モードで見てみましょう。絵を書いてみました。

聖書は旧約・新約をあわせた66巻のことを指します。特に「創世記」はユメステに深く関わる話も多そうですが……今回は割愛。「サロメ」に関する記述があるのは新約の方です。

ヨカナーンは紀元前から預言者として活動していました。”預言”とは神様の声を聞いて民へ伝えることで、未来予知とは別の意味です。ヨカナーンは自分より偉大な人(イエス)が後から来ることを知り、自分はその足元にも及ばないという心構えでいます。(マタイの福音書3:11 他)

イエスの降誕後、ヨカナーンはヘロデ王の結婚を非難したために投獄されます。ヘロデは兄と婚姻関係にあったヘロディアと不倫に落ち、離婚した末の結婚だったこと。さらに夫妻は家系図的に近いため近親相姦となること。この不道徳さをヨカナーンは非難しています。

娘サロメもまた不道徳さを持つ人……持たざるを得なかった人です。サロメは離婚した前夫とヘロディアとの娘で、現ヘロデ王とは義理の親子にあたります。王から猥褻な目線を向けられるのにウンザリして、純潔なヨカナーンに恋をし、手に入れるため自身も卑猥な色仕掛けを使います。

 

ここまでを背景として、ヨカナーンと容の境遇には重なるところがあります。「イエス降誕の日」を「初魅がEdenに来た日」とすると、容はそれより前からEdenで活動を行っています。自分が主役になるのではなく、強いカリスマ性を持つ救世主が現れるのを待ちながら。

すると、この☆4イラストの見え方が変わってきます。目を向けるのはチェスよりも下にある台座のほう。この銀盤に頭を降ろす姿はヨカナーンが斬首される場面に似ています。

カラヴァッジオの傑作「洗礼者ヨハネの斬首」を代表に、数々の名画がこの瞬間を描いています。押さえつけられているのがヨハネで、左で銀の盆を構えているのがサロメ。

他にも☆4イラスト手前のまだ齧られていないリンゴ(≒禁断の果実)は、この時点での容がまだ何の罪も犯していない、聖人のように綺麗な身の上なことの象徴かもしれません。奥にあるブドウもキリスト教とは縁の深い果物です。

 

について、容はイベント「bet on faith?」で初めて周囲の人よりも自分のエゴを優先させることをします。キリスト教の立場からすると、自分の利益のために欲を出すことは神の教えに背く罪です。キリスト教では利他的であることを美徳とし、自己犠牲の精神は最も尊いものとして扱われます。

ただし今回違うのは、Edenに降誕したカリスマは初魅だという点。初魅はイエス本人ではないので、どんな行動が尊いかの基準も変わってきます。

ワダイ世界においては「明日の自分を信じる」ことが至上の命題です。(他人を蹴落としてでも)主役を演じたい!という容の利己的な願いは、本来のキリスト教の立場からは許されなかったところ、初魅を救世主として信じるに限り、その行いは正当化されます。※1 後述あり

 

容がヨカナーンの運命を持つとして、「サロメ」公演で今まで通りの馴染む役に入っていれば、主役の輝きを得ないままその結末は斬首。つまり容の役者人生が終わっていたのかも。

主役に名乗り出ることが容の運命を変えるきっかけに見えますが、それ以上に主役のサロメを演じるところに意味がありそう。サロメはヨカナーンを殺す相手です。これを容が演じるのは、過去の自分自身を殺すための儀式と言い換えられるのかも。現在(2024/2/4)「サロメ」の本番はまだ迎えていませんが、このあたりを注目しながら見るとまた面白そうです。

 

人物関係の絵をもう一枚描いてみました。「bet on faith?」での現実の2人のやりとりが救世主とヨカナーンを彷彿とさせる慈愛に満ちた関係だったのに対して、舞台上の配役ではガラッと変わって不道徳な関係へとスライドするのが面白いです。

6話サブタイトル「羊飼いの」について、「サロメ」では時おり愛情の矢印が月に喩えられるそうです。純潔で汚れのない月を見るように、サロメは聖人ヨカナーンに恋をし、ヨカナーンはイエスだけを見ます。これを現実の役者に落とし込むなら、羊飼いのヨカナーンたる容から初魅を見た印象は月のように「純粋」ということになるのでしょうか。「純粋と奔放」にもかかってくるのかな……。

※1 宗教観に触れるので厳密な話をすると、この図で初魅がイエスを演じて容を罪へ導くよう見えるのはキリスト教的には相当ヤバい罪に数えられます。ただ初魅はリーダーシップを発揮しているだけで、重大な決断は必ず相手の意志に任せているところ、不道徳に溺れさせるのは現実ではない「舞台上」なところ、が禁忌に触れないラインかなと見ています。

 

ともあれ、 容の抱えていた運命は「サロメ」の公演によって、またその劇中の死をもって終わりを迎えるのでしょう。

ここまでが容と預言者ヨカナーンの話です。

 

…………で、

ここからはちょっと壮大な話になるので、名前の頭出しだけさせてください。

 

 

 

象徴:《水星》ヘルメス

ヘルメスは水星の象徴でオリュンポス十二神の一柱です。最近ストーリーで劇団オリンポスが関わってきたので何気なく調べていたところ、どうにも見落としがたい化身を見つけました。

ヘルメスが司るキーワードは、流れ(Flow)、盗賊、流浪の旅、競技(体育・野球)、賭博、羊の群れ、医学、ウソをつく、笛と竪琴の発明、ゼウスの伝令(使いっぱしり)、道路(道案内) あたり。敢えて説明はしませんがピンと来る人もいるんじゃないでしょうか。

関わりが深いのはポスター「泉の落とし物」です。元々はヘルメスが泉の精として現れる寓話で、日本に伝わってから女神の形に変わったそうです。ポスターで泉の精を演じるのは初魅ですが、アフターストーリーでは容がメインのお話になっています。

この可能性をどう扱っていいものか、手に余っているのが正直なところです……ただ、「星を演じる」と歌うワールドダイスターにとって無関係な話でもない気がします。いったい柊さんの目にはなにが見えてるんだろうね。

 

 

 

烏森大黒

  • 流石とぱんだに憎しみを向ける
  • 連尺野に憎むことを教えられ、崇拝するようになる(イベント:god is no /w/ here)
  • イライラしてキレやすい
  • 青春を謳歌する人間が嫌い(ホーム台詞)
  • たぬき、特にアライグマが嫌い(ホーム台詞)
  • 劇団電姫や猫足蕾とは波長が合う(ホーム台詞)

※下は、流石とぱんだの話を含みます。

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候補:「ロミオとジュリエット」ティボルト

ティボルトは「ロミジュリ」の準主役と言われるほど人気の高い役です。ジュリエットとは従兄妹で、キャピュレット家の人間にあたります。

同じ家のジュリエットのことは大切に思いますが、仇敵モンタギュー家のロミオには憎しみを向けます。ロミオを挑発し、代わりに喧嘩を買ったマキューシオ(ロミオの親友)を刺してしまうと、逆上したロミオに切り殺される……という哀れな最期を持つ人です。

 

大黒にとって、ぱんだは本当に「許せない」ことをしています。 ティボルトにとってジュリエットは大切な人なのに、ジュリエットではない別人がジュリエットを騙っているのは気に入りません。宝塚版では、実はティボルトはジュリエットに禁断の恋をしているという台本で演じられることもあるそうです。

ただ、大黒本人は事情を知る由も無く、ジュリエット像そのものは好きなため、ぱんだに愛憎を込めて「悪さをしないか監視している」に落ち着くのかもしれません。

 

ティボルトは大人に人生を狂わされた人物です。幼い頃からモンタギューを憎めと言われて育ち、ろくな青春も送れなかった(なのにロミオは青春を謳歌している)のもあって、常にイライラしています。

今回、その大人とは連尺野のことです。大黒はEdenに誘われて人生が変わっている真っただ中です。

ただし原作と違うのは、大人に強制されたのでなく自分の判断の上というところです。神様のような連尺野は、直接なにかを与えたり求めたりはしていません。

大黒がティボルトを刻むとして、頼れる大人の言いなりになるようでは、悲惨な結末は変わりません。大黒が自分で明日を切り拓き、どのような選択をするかに懸かっています。ティボルトは特にささくれ立った役です、癒しの面でもEdenのサポートは必須です。

 

本来のティボルトは純粋な性格をしています。宝塚版では「大人になったら勇者になって、ドラゴンを退治して、お姫様を救うんだ」という台詞があるくらい。その心は電姫に通じるところがあります。

またティボルトという名前は「狐のレナード(Reynard the Fox)*2」という北ヨーロッパで有名な寓話に由来し、ロミジュリでも嘲笑の意味で使われています。キツネとタヌキは仲が悪いとはよく言います。

柳場ぱんだ ⇒ ジャイアントパンダ ⇒ レッサーパンダ ⇒ アライグマ……のような連想ゲームはできますが、ミソなのは「似ているけど違う」というところかも。語感や見た目は似ていても、これらは生物学的に全くの別種です。

一方で、柳場ぱんだもジュリエットのようでジュリエットではない人です。彼女に向ける複雑な感情として、このあたりはウマい言葉遊びになっている可能性があります。

 

舎人仁花子

  • 純粋、人の悪意に弱い
  • 二面性?
  • 島育ち、花や星が好き

不明です。気になるのは、Edenの中で仁花子だけが異質に見えることです。

大黒を例にするなら……①シリウスに入る幸せな夢(≒楽園)に耽る →②見るだけの夢は叶わず挫折(≒堕天)→③Edenに入団(空想の楽園でなく現実のEdenで夢を実現させる)のように、他のメンバーも含め、何かしら影を抱えています。

ところが仁花子には②が見当たりません。①→③へ直行です。楽園のように美しい青ヶ島から、まだ堕天していない本物の天使を連れ去ってしまったかのようです。これが何を意味するかはまだ上手く繋がっていません。

楽曲「フォニィ」の歌い方はインパクト抜群です。その変わり様から、本当は二面性のある役を持っていて、今はまだ表側しか出ていないだけという可能性もあります。

 

筆島しぐれ

  • ヘイトを向かせるような口調
  • 親と因縁あり?
  • 3人の取り巻きがいる(☆1サイスト)
  • 体育が苦手(☆3サイスト)

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候補:「ウィキッド」エルファバ

別名を「オズの魔法使い」西の悪い魔女。「ウィキッド」はオズの前日譚かつアナザーストーリーで、後に”西の悪い魔女”と呼ばれることになる魔法使いエルファバを主人公とした舞台劇です。ブロードウェイ等で非常に高い人気を得ている作品でもあります。

ユメステのポスターでは「ドロシーと不器用な魔女」が「ウィキッド」の物語にあたります。

エルファバは母親と見知らぬ男の間にできた子です。緑色の肌を持つせいで忌み嫌われ、誰からも愛されずに育ちます。家には足に障碍のある妹がいて、お世話するよう厳しく言いつけられ過ごしています。

エルファバは善良な魔法使いです。ところが騙されて汚名を背負わされてしまいます。そして敢えて自分をウィキッド(=悪い魔女)の評判のままでいさせて、表主人公のドロシーに退治されることで、王国に平和が訪れます。オズの国民は西の魔女が死んだことにみんな歓喜します。

「オズの魔法使い」で取り巻きといえば、臆病なライオン、ブリキの木こり、脳無しのカカシです。この3名はドロシーのオトモですが、前日譚の「ウィキッド」にも登場して、それぞれエルファバに救われた経験を持ちます。「ワールドダイスター」の世界ではしぐれに付いて来てくれたようです。


しぐれが生粋の魔法使いタイプだとすると、運動が苦手なのはイメージに合います。

ところで「ウィキッド」はEdenの雰囲気にはピッタリのお話です。エルファバは将来オズの魔法使いの右腕として活躍できると方便を言われ、浮き足立ち、自分の成し遂げる偉業を夢想します。

しかし「ワールドダイスター」は夢に耽るだけの人には厳しいです。自ら実現させに行かない夢が叶うことはありません。結局エルファバは栄光を手にすることは出来ず、悪者として表舞台から姿を消します。

しぐれは芯の強い子ですが、国民の総意のような悪意に晒されてはどうしようもありません。一人で夢を目指すだけでなく、イザというとき守ってくれるような安全な場所が必要です。

 

千寿暦

  • 不眠症
  • 遊びの誘いを断る
  • 八恵の大ファン
  • 妹がいる

※下は一部に、連尺野初魅の話を含みます。

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候補:「白雪姫」白雪姫 / 「いばら姫」いばら姫

白雪姫の特徴は、白い肌に黒い髪、真っ赤な頬と唇です。この配色パターンは暦にも当てはまります。

有名なのは「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」のセリフ、これは恒常☆4のイラストに片鱗があります。「竹取物語」で操と離れ離れになったかぐや姫が、水鏡越しにこの世で最も美しいものを問い、眺めている場面にも取れます。

他に有名なのは、白雪姫が毒林檎を齧って眠りにつくシーンです。

イベント「FAIR IS FOUL, AND FOUL IS FAIR」では暦が連尺野の勧誘を断る場面があります。ここに林檎のイメージを使うとひとつの解釈ができます。

連尺野の使う”林檎”は「アダムとイブ」の禁断の果実で、これを食べた人は楽園から追放されます。暦をEdenに誘うのは禁断の果実を渡し、現状と堕落のどちらを選ぶか試すことに喩えられます。

一方、暦にとっての”林檎”を「白雪姫」の毒林檎とするなら、これを食べた人は永遠の眠りにつきます。暦は渡された林檎(=Edenへの勧誘)を断ることを選んだので、眠れません。

もしそうなら暦は眠りの呪いをかけられた白雪姫ならず、眠れない呪いを背負うと決めた白雪姫といえるかもしれません。

呪いを解くのは王子様のキスです。

銀河座のメインストーリーは時系列的に遅く、シリウスの「オペラ座」公演が終わった頃の話です。そして舞台には、キスで怪人の呪縛を解く八恵が出演しています。もしかしたらですが、暦はこのシーンを見て八恵のファンになった可能性があります。

 

ややこしい話ですが……原典の「白雪姫」には王子様のキスで目覚める展開はありません。これはディズニー版「白雪姫」を制作するとき「いばら姫(眠り姫)」の結末を合体させた産物だそうです。

そのため、暦には「いばら姫」の文脈も乗っている可能性があります。遊びの誘いを頑なに断る姿は、姫を得ようといばらに包まれた城に挑戦した人をズタズタにする物語に沿うかもしれません。

「いばら姫」では魔女たちが同じ料理を食べようとして、1人だけ除け者にされ呪いをかけたりする話もあります。これは銀河座特製の火鍋となにか繋がるかもしれません。

ちなみに白雪姫には「レッド・ローズ」*3という妹が後に設定され、この原案となったのが童話「しらゆき べにばら」です。いろはが体現する物語そのものは「べにばら」ではないので、このポスターでは配役が左右でズレているのがみそです。

 

ラモーナ・ウォルフ

  • カトリナを追ってドイツから来日
  • 世話焼き
  • 助けたいものを助けられないがち
  • 騎士体質? 乗馬が好き(スポスト)
  • 女性には礼節を尽くす、モテる(☆1サイスト)
  • イカのぬるぬる感が苦手(☆2サイスト)
  • 威勢の良さで隠したもう一つの一面がある?(☆4恒常リリヤ サイスト)

いまいち決め手が見つかりません。必ずしもドイツと関わりがある訳でもなさそうです。

気になるのが、ラモーナは何をするにも一手遅いところです。

結局カトリナを救ったのはシリウスで、ラモーナではありません。倫子には「もっと早く出会いたかった」と言われ、かぐや姫の高価な着物を守ることも出来ません。守りたいものがあるのに自分の手では守れないところには、なにか悲劇的なものを感じます。

ここの台詞も意味深です。真面目で気高く、必要なら道化を演じることもあるラモーナが何を抱えているのかは計り知れません。

 

王雪

  • お金が好き、商人、働き者
  • ぬいぐるみが好き
  • 背が低め
  • 電姫はなぜか居心地が良い(ホーム台詞)
  • カミラは鬱陶しいけど無下にできない(ホーム台詞)

商人気質なところだけ見ると「ヴェニスの商人」や、アラビアンナイトの「シンドバッドの冒険」が有名です。一応「シンドバッドの冒険」はポスターにもあり、世界中でアニメーション化されているため、電姫と関わりが無いことも無いです。

銀河座に共通して、国民性と役柄は分けて考えた方がいいかもしれません。故郷の家族を大切にするのは中国や台湾の国民性です。役の方にも家族が密接に関わっているかは何とも言えません。

2024/03/16 追記しました。

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候補:「ジャックと豆の木」「巨人殺しのジャック」ジャック

「ジャックと豆の木」はぬいぐるみ人形劇という形式で演じられる舞台です。全身を着ぐるみで覆って演じる子供向けの劇で、現在は数を減らしましたが、日本では一部の老舗劇団が上演を続けています。

「豆の木」はイギリスの童話、「巨人殺しのジャック」はその原型となった英雄譚で、知恵と勇気で巨人を倒す下剋上のストーリーです。また派生作品のグリム童話「勇ましいちびの仕立て屋」にも触れます。

きっかけはこのアクセサリーです。Rポスター「マイペースなジャック」を元にして見えますが、効果は流石の所属するシリウスではなく、なぜか銀河座を向いたものになっています。

そこで、この童話のアクセサリーが銀河座の誰かと縁のあるアイテムと仮置きしてみました。「ジャックと豆の木」のあらすじは有名ですが、実はこのお話には後日談があります。

ジャックと豆の木 - Wikipedia

巨人から奪った宝物で鶏は卵を産まなくなり、袋は金と銀を出し尽くしてしまう。母親は、『本当の幸せは他人から奪ったものに頼らず、額に汗を流して、自分の努力で掴むものだ』とジャックを諭し、反省したジャックは前述通りの働き者に戻る

本当の幸せはメイン第2章でのキーワードです。「ジャックと豆の木」と「銀河鉄道の夜」は同じフレーズを扱う作品ながら、異なる視点から幸せについて解釈しています。

「ジャックと豆の木」のいう本当の幸せは、額に汗を流して自分で掴み取るものです。もし雪がこちら側に運命を置く人なら、毎日バイトで努力している姿とは一致します。

「銀河鉄道の夜」のいう本当の幸せは、誰にも分からないもの、悩み続けて追い求めるものです。暦が演じるように、自己犠牲が本当の幸せなのかと問いかける目線を含みますが、「銀河鉄道の夜」そのものは自己犠牲を肯定はしていません。カムパネルラは最終的には死んでしまい、命を落とした者の可能性はどうしようもなくそこで終わってしまいます。

雪は暦の自己犠牲的な姿勢に真っ向から反論できる、唯一の人だったのかもしれません。二人がお互いに意見をぶつけあい、自分を見つめ直し、考え方の違いを舞台で伝えられる形にまで高め合えたから「銀河鉄道の夜」公演は成功したんだと考えています。

 

それぞれ作品間の繋がりを書いてみました。イギリスでは元々「アーサー王伝説」および円卓の騎士の物語が人気でしたが、徐々に民衆に飽きられてしまい、新しい物語として「巨人殺しのジャック」が生まれたとする説が有力です。作中ではジャックも途中でアーサー王に仕え円卓のメンバーに加わります。

そこから派生して「ジャックと豆の木」「勇ましいちびの仕立て屋」が登場。雪がRポスターで演じる「リア王」は、巨人がジャックを探すときのセリフ『イギリス人の血の匂いがする!』が引用されるところで関連があります。

左:ギムレットにお別れを 右:銀河座メイン2章

左のセリフは雪が演じるテリー・レノックスに向けたものですが、雪自身もイギリスとは無関係ではなさそう。さらに背が低めなのも、巨人に比べればジャックは小人のように見えること、または「ちびの仕立て屋」のような身長にまつわる文脈かもしれません。

左:恒常☆3サイドストーリー

他に『金の星』という独特な言い回しは、「ジャックと豆の木」で手に入れる『金の卵』に通じるフレーズかも。あと若干こじつけ臭いですが服の模様は豆に見えなくもないです。

(↓下はカミラの話を含むので白文字反転↓)

イギリスで巨人は"オーガ"と呼ばれ、日本でいう"鬼"にあたる存在です。もしもカミラの運命に鬼が関わるなら、雪から見てカミラは退治すべき悪者かもしれません。ところがこの世界では、銀河座メイン2章でもカミラに助け船を出してもらったりと、うまく関係を築けているようです。 

問題点について。「巨人殺しのジャック」は二部構成で、前半ではジャックが知恵を絞って自分より大きな巨人を倒す物語が描かれます。

ところが後半では、圧倒的な力で巨人たちを蹂躙する残虐なジャックへと姿が変わっていきます。ジャックは装備品(魔法の剣、知識の帽子、透明のマント、俊足の靴)を与えられ、非力でなくなった代わりに力任せな戦い方をするようになり、時には巨人をいたぶってから殺すような場面も。中でも"知識の帽子"は貰っただけで一切使いません。

猫足が占いで警告しているのは、ジャックが円卓入りしてからより過激な行動へ染まっていく、このような運命を見てのことなのかも。

今のところは良い流れとして、銀河座メイン2章でセンスの無い後半も乗り越えたり、クリスマスで手袋とマフラー(身に付ける装備品)を貰っても悪い事態にはなっていません。これで災いは過ぎたかもしれないし、だけど雪がもしお金や実力で困らなくなり、驕りで自分を省みないようなことがあれば危険信号に思います。

 

リリヤ・クルトベイ

  • 美の追求
  • 氷のモチーフ、冷たいものが好き
  • 風や気象のモチーフ
  • 動物と会話できる、ただし猫以外?(☆2サイスト)
  • 呪いや冥界と関係あり?(恒常☆4サイスト / 夏祭り☆4)
  • 花に例えるならベゴニア ⇒花言葉:片思い(インタビュー)
  • クリスマスに関連?(イベント)

フィンランドはサウナが有名な国です。出産や葬式までサウナで行うというジョークもあり、裸の付き合いをしたがるのは国民性かも。

美しさは時に「呪い」とまで言われます。「竹取物語」月の使者役は特に呪いとは関係ないので、これはリリヤ本人から何かを見たセリフの可能性があります。

もうひとつ大きいのは片思いの要素です。「狐の嫁入り」は特に強烈なストーリーな他、現状リリヤがメインで映るポスターはすべて恋愛絡みの物語です。

仮に……たとえラモーナや連尺野へ特別な感情があったとして、本人は完璧な美女なのに、何となくすんなり上手く行く感じはしません。なにか悲恋のような重い物語を背負っている可能性はあります。

 

与那国緋花里

  • ダンサー、パワフル、よく食べる
  • 魔性持ち? 配信勢
  • 方向音痴
  • 一人が苦手?
  • 「かげりの無い太陽」と呼ばれる(☆1サイスト)

不明ですが、かすかに2パターンの傾向があります。

まず踊り子魔性の側面からです。ポスターで演じた「カルメン」はファム・ファタール(魔性の女)の金字塔と呼ばれる作品で、イベント☆4[妖刀の一薙ぎ]など、なにかと魔にまつわるイメージが多いです。ポスター「拝啓、秋月に寄せて」の俊吉役も人間関係をかき回すような役です。

演劇の世界ではこういった魅力的な女役は多く存在します。また、これは緋花里が配信勢なことにも追い風です。阿岐留カミラにも通じますが、人を魅了して惹きつける素質があるのかもしれません。

    

2つ目は太陽のイメージです。ソロ曲の「てぃだんちゅ MEETS てぃんがーら!」にも太陽のフレーズが出ています。ただし太陽に関わる役名といっても広く、簡単には絞り込めません。1つ目の要素と絡んでいる可能性もあります。

2023/12/13  追加しました。

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候補:「マタ・ハリ」マルガレッタ・ヘールトロイダ・ツェレ

「マタ・ハリ」は韓国ミュージカルとして大ヒットした演目で、日本でも2018年から公演されています。マタ・ハリは芸名ですが、ここではこちらで呼びます。

マタ・ハリはマレー語で太陽の名前を持つダンサーです。実在した人物で、各国を飛びまわりながらその美貌とパワフルな踊りで人々を魅了していました。最も有名な女スパイとも言われます。

ミュージカルの内容は下の観劇レポを参考にさせていただきました。セリフなど詳細なところまで纏められています。

舞台は第一次世界大戦、フランスとドイツの争いを背景としたお話です。マタ・ハリは少女の頃から他人の悪意に晒される生活を送り、自分で持った家庭もうまく行きませんでした。ダンサーとなってフランスへ渡った後も、国同士の陰謀に利用され、裏切られ、最期は罪人として処刑されてしまいます。

マタ・ハリは悪人ではありません。歪んだ愛の中で生きながらも、強さと気高さを持つ人間として描かれています。史実では謎も多いですが、ミュージカルとしてはそうです。

スパイ活動にしても自分の意志ではありません。マタ・ハリは知られたくない過去をフランス側に握られて命令される立場でした。実際の記録でも、スパイとして大した功績は残していなかったという説が有力です。

 

当時は戦況がふるわず、民衆は上層部への不信感を溜めていました。そこに丁度よくスパイとして働いていたマタ・ハリが目を付けられ、両国の二重スパイだったとされてしまいます。疑わしき人となったマタ・ハリは、無関係な戦争の罪まで次々となすりつけられ、彼女は両国ともの民衆から疑いと誹謗中傷の的にされるという筋書きです。

この運命をなぞっているのがイベント「泡雪でありますように」のストーリーに思います。緋花里はSNSのコメントという形で誹謗中傷に当てられてしまいます。

サイドストーリーでは緋花里がヘンテコな映画になぜか感動する一幕があります。この映画の内容は「マタ・ハリ」とは真逆です。守るためでなく戦争のため、2つの国はどちらもマタ・ハリに手を貸すことは無く、助っ人に来てくれた人も殺されてしまいます。

「マタ・ハリ」の有名な話で、彼女は銃殺刑に処される寸前、笑っていたという逸話があります。舞台では幕が閉じる最後の瞬間です。

その線で見ると、緋花里☆4イラストは本当に危ないシーンに見えてきます。これは人が死ぬ直前の表情と取れるかもしれません。あと少し引き金をひくだけで、この笑顔を浮かべる人は簡単に命を落とします。

ここからは解釈ですが……「引き金をひく」とは「緋花里に疑いをかける」ことに言い換えられると思っています。マタ・ハリが罪を疑われたように、緋花里も周りから信じてもらえなくなれば、事実ではない中傷も受け入れ、血の末路を辿るかもしれません。

「ワールドダイスター」の言葉で言うなら、他人から信じてもらう以上に、緋花里が自分のことを信じなくなりそうです。自分を信じられなくなった役者はセンスを失い、輝く資格を失います。

ただし、緋花里の周りの人たちは疑いの目を向けませんでした。美兎も、カミラも、ラモーナも、ずっと緋花里を信じて待ち続けてくれています。

心配こそしても、「やっぱり大丈夫ってウソついてない?」と言葉をかけたり、ラモーナのセンスで体調を見透かして追及することすら、今の緋花里には危険に思います。


ところで、「マタ・ハリ」も「カルメン」に並ぶファム・ファタール作品の一つです。彼女に関わった人はみな悶々と思い悩むことになります。フランスとドイツの人間も、マタ・ハリを利用しながらも魅力に憑りつかれていく様子が描かれます。

それって他人事じゃない気がします。「泡雪でありますように」を読んでからもうずっと心の中がモヤモヤしてしまって、お願いだから早く続きを読ませてね……。


千寿いろは

  • センスを持たない
  • アニメとコスプレが好き
  • 勉強が苦手
  • 姉がいる
  • 白いうさぎが好き(インタビュー)
  • 好きな花はフリージア(インタビュー)

※下は電姫の他4人についての手がかりを含みます

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候補:「不思議の国のアリス」「(続編)鏡の国のアリス」アリス

「不思議の国のアリス」はノンセンス文学の最高傑作と呼ばれる作品です。

ノンセンスとは駄作の意味ではありません。難しい言葉ですが……下のサイトがとてもよく纏められていますので参考にしてください。

「不思議の国のアリス」は純粋に子どもが楽しめるよう作られたお話です。かつての童話は教科書にあるような "教訓" をかみ砕き、小さな子どもにも伝わるよう描かれた側面があったそうです。ところが「アリス」の物語はそういった意味あるものに否定的です。いろはが学校のお勉強が苦手なのはそういった背景かも。

 

「アリス」の物語で有名なのは、白兎を追いかけて不思議の国へ迷い込むシーンです。これはいろはの好きな動物に一致します。もっとも白丸美兎という人がいる以上、それだけの意味じゃないとも思いますが……。

いろはの好きなアニメは「魔法少女カリュー」です。腰のキーホルダーもたぶんカリュー、これはアリスの持っている本「ジャバウォックの詩」に重なるところがあります。

ジャバウォックは2本の触覚、2本の口ひげを持つ架空の生物です。よくドラゴンの姿でメディア化されて、ゲームによっては ”火竜” と呼ばれることもあります。

 

「鏡の国のアリス」で、アリスは羊、オニユリ、薔薇、ユニコーンと出会います。これは電姫の他4人のイメージ、およびインタビューで答える内容と一致します。オニユリと薔薇はアリスの話し相手です。

大きく見ると、劇団電姫そのものがいろはを中心にした不思議の国の出来事と見られるかもしれません。

いろははよくメイド衣装を着ます。アリスもエプロンドレスを身にまとい、"アリスバンド" と呼ばれるカチューシャを付けて、コスプレにはぴったりの格好をしています。

また「鏡の国のアリス」には、羊(白の女王)がアリスをメイドと間違えるお話があります。このあたりを踏まえて「イベント:脚光が照らすこれから」を読むと、また違う見え方をするかもしれません。

小ネタで、いろはのヘッドホンの柄は同じBANDAI NAMCO「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」の天王寺璃奈から来ていそうです。好きな花のフリージアは「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」の曲フリージアが有名です。

 

……いろはの現実の役がアリスだったとして、ひとつ大問題があります。

アリスの物語の結末は2作とも夢オチです。夢から覚めたアリスは、その身に起きた不思議な出来事を姉に話して終わります。

もし、いろはがアリスと同じ結末を辿るなら、少女を終えて大人になったいろはは電姫での思い出を一時の夢として懐かしむような、ただの一般人になる可能性があります。そうならないためには自分と向き合い、自分の内にある輝き(≒センス)を見つめたりしますが、いろはにはセンスがありません。

「ワールドダイスター」で夢は実現させるものです。劇団電姫という楽しい日々が、いろはにとってかけがえのない居場所が夢オチで終わるのか、そうでないのかは役者たちに懸かっています。

 

白丸美兎

  • 複雑な家庭
  • 映画が好き
  • 料理をする
  • いろはに髪を結ってもらった
  • クローバーの髪飾り 羊に関係あり?(インタビュー)
  • 暦は本当の姉みたい、ならいろはは……(ホーム台詞)

電姫でこの人が分かりません。もしかしたら映画まで範囲を広げる必要があるのかも……。

いろはの話を踏まえると、羊や羊飼い、おひつじ座に関わりが深い可能性はあります。有名どころは「オオカミ少年」などが思い浮かぶものの、イメージからは遠い気がします。

 

「羊」には「家族の安寧」という象徴があります。複雑な家庭を持つ美兎にはぴったりのモチーフです。

電姫、羊と来ると、小説「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」が浮かんできます。これは映画「ブレードランナー」の原案になり、さらにアニメ「攻殻機動隊」シリーズへと受け継がれます。今のところ繋がりは見えませんが、何か関係があってもおかしくは無いです。

 

いろはに髪形を結ってもらったのは、いろは側のストーリーに関連があります。

髪飾りのクローバーは羊の主食のひとつで、花言葉は「幸運」の他に「私のものになって」の意味があります。最近、この髪飾りはいろはが付けたものでは?って話を聞いてひっくり返った覚えがあります。

 

阿岐留カミラ

  • お寺が周りにある
  • 飽きやすい、むらっ気
  • 配信勢
  • 知識人……だけど学校の勉強は苦手
  • お祭り好き
  • 眠気に弱い(☆2サイスト)
  • 花に例えるならオニユリ(インタビュー)
  • 絢爛なものが好き(ホーム台詞)
  • Edenの雰囲気が気になる(ホーム台詞)

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候補:「大江山酒呑童子」酒吞童子 /「大江山花伝」茨木童子

「大江山酒呑童子」は歌舞伎の演目です。

いろはの話からすると「オニユリ」はそのまま「鬼」とも取れます。そして日本で最も有名な鬼の一人が酒呑童子です。古代には「鬼ギャル」という言葉もあります。

酒吞童子は鬼たちの頭領で、圧倒的なカリスマを持つ存在です。カミラが配信勢として多くの人を惹きつけるのはこの素質かも。

 

酒呑童子、もしくは鬼そのものが、気まぐれで絢爛なものを好む性格として描かれることが多いです。また正義のヒーローに退治される哀れな役……とするなら、その性質はむしろEdenに沿ったものです。

ところが酒呑童子は電姫に縁があります。それは東京千代田区で行われる神田祭です。

神田祭では、討ち取った酒呑童子の首をかたどった山車と共に練り歩く「大江山凱陣」が行われます。そして千代田区は秋葉原を含み、例年アニメコラボのポスターがたくさん出回るほど*4アキバカルチャーに関わりの深いお祭りです。

カミラは朝配信の様子や「うさぎとかめ」のポスターでうさぎ役をするように、何かと眠そうなシーンが多いです。これは酒呑童子が源頼光に寝首をかかれて殺されたことに由来するかもしれません。

酒呑童子の最期は闇討ちのようなもので、「鬼は決して人を騙したりしないものを」と言い残して息絶えたと言われます。

☆3サイストではカミラが騒ぎを起こして成敗されそうになる一幕が見られます。本物の鬼のように街で悪事を働いたりはしませんが、似た風景はあります。また「イベント:北天のアルビレオ」の後日譚では、配信勢で魔の山へ挑むストーリーがあります。ただしこの世界では甘いパフェの山になっています。

酒呑童子は元は「外道丸」という美男子だったという説があります。その美しさから多くの恋文が届いたところ、読まずに放置してしまい、手紙から溢れた怨念が鬼へと変えてしまったというお話です。

この世界での恋文とは、配信で貰うコメントのようなものでしょうか。☆2サイストではコメントに丁寧に対応する姿が見られます。しかし、もし余裕が無くなって他人の好意を無視することがあれば危険信号かもしれません。

他の鬼が出る演目には「大江山花伝」というのもあります。こちらは宝塚歌劇で、茨木童子という酒呑童子の第一の家臣が主人公です。よりラブロマンスの濃いお話で、その気のストーリーがあればこちらが絡んでくる可能性もあります。

 

猫足蕾

  • 占い、星読みで人の運命を知る
  • 独特な話し言葉
  • 寝ていたら舞台の神から啓示を受けて演劇界へ
  • 親を心配させて病気にさせたことがある(メイン1章18話)
  • 霊場の近くで生まれた(プロフィール)
  • 四字熟語でたとえるなら六道輪廻(インタビュー)
  • 流石とは失われた半身を前にしたよう(ホーム台詞)
  • 肌を晒すのが苦手(イベント:エレクトリック・サマー・バカンス)

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まず下の話が前提になります。未読の方は先に目を通してください。

 

※以下は流石、ぱんだ、大黒の話を含みます。

候補:「ロミオとジュリエット」ジュリエット

アニメ第八場について「この舞台にジュリエットはいない」と書きました。しかし、ユメステ次元にはジュリエットがいそうです。

ポスター「ロミオと二人のジュリエット」は、配役こそあべこべでも、この世界には二人のジュリエットがいるところがポイントだったのかも。

つまり、本当はジュリエットではないけれど流石のジュリエットであろうとする柳場ぱんだと、本当はジュリエットだけど流石と会う前に啓示を受けて別の道を歩んだ猫足蕾の二人、という見方です。

「ロミジュリ」において運命とは特別な言葉です。運命はその人に紐づく、抗いがたい筋書きのようなものです。そして作中で運命はにたとえられます。猫足にとって星を見るというのは、占う相手の運命を見ることに等しいかもしれません。

作品のイメージは薔薇の花で、これはいろはの物語に登場するものに一致します。

 

猫足は厨二病な言い回しをしますが、ジュリエットも負けないほど耳が赤くなる言葉を使う人です。というより「ロミジュリ」の登場人物は大体そうです。

(第三幕)来て、やさしい夜。すてきな黒い夜。私のロミオを頂戴。私が死んだらロミオをあげる。ばらばらにして小さな星にするといいわ。そしたら夜空は綺麗になって、誰もが夜に恋してしまい、ぎらつく太陽を崇めるなんて辞めてしまうでしょう。

こういう台詞がずっと続きます。ところで猫足は17歳ですが、ジュリエットは13歳でちょうど中学2年まっただなかの年齢です。流石もふわふわとした言葉を使い、大黒も主を褒め讃える言葉はポエミーです。唯一、部外者のぱんだだけがマトモ(?)な話し方をします。

ジュリエットは仮死状態から生き返る人です。このとき横たわっている場所が霊場です。

神の啓示を受けたという "寝ているとき" にあたるシーンは2つあります。1つ目はロミオと一晩の情熱を交わした寝室、2つ目はロミオの亡骸を見て短剣で後を追った霊場です。

舞台の神がどういう存在かは不明ですが、どちらかのタイミングでロミオの代わりに神が現れ、猫足の運命を変えていったものと思います。

またジュリエットは親を酷く悲しませます。親にあてがわれた婚約者を拒み、喧嘩をして、自分は死んだと親の目を抜けるため飲んだのが仮死の薬です。ちなみにモンタギュー側の夫人はロミオへの心労で亡くなっています。

猫足も何らかの理由で親を心配させたことがあります。もしかすると「2年ほど前に劇団電姫の成長が止まった」と言われる時期に重なるかもしれません。猫足は団員3年目なので、2年前の電姫に何があったのかを見ています。それが何かは今後のポイントかも。

ジュリエットは女役の頂点で、乙女の代名詞のようなものです。肌を晒すことにも抵抗はあります。

この世界で流石と猫足はただの仲良しです。☆3サイストでは(きっちりぱんだの付き添いアリで)流石がゲスト登場する様子が見られます。ぱんだの目が届かないスポストではお互いに危険な会話をしますが……これも食べ物の匂いに抗えなかったというオチです。

猫足がジュリエットを刻んでいたとして、恋愛がNGです。自分を「呪われた運命」と言うように、ジュリエットの物語は悲劇です。

流石と同じで、もし猫足と恋人になる人がいれば、恋の炎は激しさと引き換えに5日程度でお互いを焼き尽くし、後には何も残らないのかも。それでも流石は例えばオベロンのような別人を演じ、自分を信じさせることで、茨の先に別の可能性を掴もうとする決意が見えます。しかし猫足にはそれがありません。

ロミオと恋人にならず、恋愛とは違う道を歩んだジュリエットとも見られます。悲劇の運命を変えられるかどうかは猫足しだいです……が、「ロミジュリ」の悲劇の執念深さはなかなかのものです。運命は恋人たちを徹底的に不幸にする方向へと歯車を回します。そう簡単に逃げ切れるものではないかもしれません。

 

本巣叶羽

  • 尊大、神童、怠け癖
  • ゲーム、特撮、プロレスが好き
  • 羽のイメージ、ユニコーンの人形
  • 昔はオリンポスに在籍
  • 連尺野は苦手(スポスト)

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候補:「ギルガメシュ叙事詩」エンキドゥ / ギルガメシュ

某英霊ゲームを知っている人には馴染み深いかもしれません。

まず、叶羽はユニコーンの伝承に近いものが見えます。☆1,2アクターには馬の人形が映っています。羽があるのがペガサス、頭にツノがあるのがユニコーンですが、ごちゃ混ぜにされることも多いです。ユニコーンが登場する物語は様々ですが、その源流が「ギルガメシュ叙事詩」のエンキドゥと言われます。

エンキドゥは半獣半人で、この頃の伝承ではまだツノは生えていません。しかし物語の根幹はユニコーンに合致すると言われています。そのひとつが「清らかな乙女の膝枕で眠る」というエピソード。水着イベントの帰り道では、美兎の膝枕で眠る叶羽が見られます。

一方、清らかなイメージとは限らない連尺野からは逃げ回っています。

エンキドゥは始めは土から作られた野生の獣でした。荒野で暮らしていたところに乙女を派遣して懐柔することで、獣から人間性を引き出し、王都ウルクへ連れて行くという話です。

この展開にそっくりなのが「引きこもりの野獣」のポスターストーリーです。改変元は「美女と野獣」ですが、美女がお世話をして獣を町へ連れ出すという話は上記に重なります。このポスターでは美兎が美女役です。

ユニコーンは強力なパワーを持ち、自分の力を過信する性格をしています。無理に捕まえたとしても決して飼いならせず、激しい逆上の末に自殺してしまうプライドの高い獣です。その点では、電姫は叶羽をうまく扱っています。

またユニコーンは「不節制」の象徴とされます。この漢字は "度を超えること" の意味ですが、「不摂生」と書き直すと "ダラダラと不健康に過ごすこと" に読み替えられるのかも。

 

エンキドゥの願いは自分と同じような強い仲間を得ることです。彼はギルガメシュと戦って、二人は無二の親友になります。

これは電姫メイン1章の「アラビアンナイト」を読むための重要な鍵になりそうです。魔人役だった八恵が願いごとを秘めていたように、魔人役の叶羽も願いごとを持っています。

八恵とここながお互いのセンスをぶつけ合ったように、 電姫版「アラビアンナイト」は叶羽といろはの戦いです。あの舞台でのいろはは魔人の願いを叶えてくれる存在で、叶羽にとってのギルガメシュだったのかも。

 

「ギルガメシュ叙事詩」は紀元前3000年という途方もなく古い物語で、ヒトと神との境目が曖昧な時代です。叶羽が神童と呼ばれることや、オリンポス(神々の住まう山)から来たのはここに関係するかも。

神代の物語なせいか、Edenと繋がりそうなエピソードも多いです。有名なのはノアの箱舟に入れられたユニコーンが暴れて他の動物を殺しまわったせいで舟から降ろされたり、ヘビが泉に毒を吐いたのをユニコーンが浄化する話などがあります。 

一説ですが、最古の格闘技も「ギルガメシュ叙事詩」の舞台シュメールにあると言われています。現代のプロレスというよりは、全身にオリーブオイルを塗ってレスリングをする試合だったそう。叶羽の言う「ガチムチ」というやつです。

 

叶羽の現実の役で、特殊なところが2つあります。

1つは、エンキドゥとギルガメシュを同一人物とする説もあること。エンキドゥに沿っているのか、ギルガメシュも兼任なのかは自由度が高く、どうとでも取れるので、一歩引いた目線で見てもいいかもしれません。

2つは、知る限りユメステに「ギルガメシュ叙事詩」というワードがどこにも無いことです。ここまでで挙げたものはすべてポスターにあったり、何らかの形で言及がありました(※「夏の夜の夢」もアニメ第九場で話にあがっています)

ここまでの話がまるっきり間違いでないなら、まだ役が不明となっている人の演目は、ユメステの中にあるとは限らない可能性があります。

 

叶羽がエンキドゥを刻んでいるとして、悲しい別れの兆しがあります。戦って親友となった二人は神々に脅威と見なされ、ギルガメシュが生き残る代わりに、エンキドゥが呪いを受けて高熱の末に亡くなります。電姫の場合に叶羽がどうなるのかは未知数です。

 

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1. 現実の役 = 役者その人ではない

大切なことです。ユメステの人たちが現実の役を持っていても、それは役の生まれ変わりではありません。彼女たちは英霊ではなく役者です。

たとえば、カトリナが「かぐや姫」の物語性に沿っていたとしても、カトリナとかぐや姫は別の存在です。カトリナがかぐや姫に置き換わることはありません。カトリナは役者、かぐや姫は役です。

本人の意思が絡まないところでは、運命は台本のように"現実の役"と同じ試練を与えるかもしれません。しかし本人の振る舞いはその人自身のものです。喜びも悲しみも、役をなぞった演技ではなく、すべてその人の内側から出た本物の想いです。


本作に ①舞台上の役  ②現実の役  ③役者の自分自身 があるとして、最も重要なのは③役者の自分自身です。①と②にある物語性をベースに、時に運命の分かれ道が現れたとき、③の自分自身がどのように振る舞うかにすべてが懸かっています。

ワールドダイスターになれるのは「明日の自分を信じられる人」です。役者たちは自分を見つめ、役を見つめ、自らの選択と行動によって明日を切り拓く姿を見せています。

 

2. 物語になるということ

ポスターでは役者がさまざまな役を演じています。ただし赤枠で囲ったところは世にある物語と違い、イベントのたびに追加される彼女たちの物語です。このストーリーの中に生きていたのは○○役ではなく、鳳ここなや千寿いろはという役者の自分自身です。

これは想像ですが、「私たちの物語を始める」とは現実という舞台で自分が夢を叶えるための振る舞いをすることで、「私たちは物語になる」とは例えばその軌跡がここに記録されているのかも。そういう風に考えています。

静香「この世は舞台、人はみな役者よ!」

シェイクスピアに言わせれば、この一言で済んじゃうのかもね。

 

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